永續農家に關する研究
松田延一 編
1943(昭和18)年/東亜農業研究所 発行
2,000円  A5判(148×210ミリ)/110頁
「永続農家」とは部落の中核となるような旧家、あるいは中堅的自作農の農家のこと。昭和18年11月に東京で開催された「大東亜会議」 にあわせ、日本農家の生活史を東亜共栄の原理とするべく、岩手から大分まで9県の代表的篤農家を集めて座談会を開いた。東亜農業 研究所からも所員が聞き取りに参加しているが、その中に戦後のマルクス経済学者・大内力がいる。
越後六齋市の研究
桑原正信 著
1943(昭和18)年/京都帝国大学農学部農林経済学研究室 研究叢書第四号
2,800円  A5判(148×210ミリ)/120頁
「六齋市」は封建時代に形成された定期市で、越後国(旧・新潟県)の平野部では明治以降も20数カ所で営まれていた。その 交換経済としての機能、農民経済に果す役割、地方小都市形成の触媒など、この地域の自然と文化にとって「六齋市」とは何か を考察する。巻末に「越後市場史年表」を付す。
朝鮮騒擾の真相
加藤房藏 著
1920(大正9)年/京城日報社発行
2,800円  A5判(148×210ミリ)/120頁
韓国併合に対し朝鮮全土で独立運動が勃発すると、「内鮮融和」を説く言論が現われる。朝鮮人に日本への反感からの脱却を、 「内地人」には誠意による根気強い説得を呼びかける。だが、実体は「日本による併合以外に未来はない」という朝鮮人向けの 説諭だった。発行元の『京城日報』は伊藤博文が創刊、朝鮮総督府の機関紙として機能した新聞。
滿洲大豆
攝待初郎 著
1920(大正9)年/滿蒙文化協會 発行
4,800円  A5判(148×210ミリ)/392頁
大正9年(1920)に滿蒙文化協會(在・大連市)が発行した満州大豆に関する総覧。すなわち、その成分・生産状況・関連工業・出廻・保管・取引・規則などから構成されている。 満州大豆は当地の流通経済や鉄道網などの交通まで、地域全般を左右する生産物であったことがわかる。「満蒙は日本の生命線」と謳われたが、大豆の生産流通は満州の生命線でもあったのだ。 満州大豆は食料品であることはもとより、軍需物資としても増産が奨励された。著者は南満州鉄道株式会社地方勧業課に所属。定価2円50銭。
唯物論研究会関係者手記(一)・岡邦雄
司法省刑事局 編
1940(昭和15)年/冊子
3,000円  A5判(148×210ミリ)/120頁
岡邦雄(1890-1971)は科学史家。昭和13年以降獄中にあり、敗戦後に全政治犯釈放により出所した。 戦後は鎌倉アカデミアで教鞭をとった。司法省刑事局は岡を戸坂潤とともに昭和7年(1932)に結成された唯物論研究会の中心人物とみなし、昭和14年(1939)麹町警察署に収容中の岡の手記を「思想資料パンフレット特輯」として冊子化した。 唯研の創立事情・目的と任務・改組過程と現状が綴られている。表紙に「極秘」「取扱注意」と印刷され、定価表示がないことから、治安当局者内で閲覧した内部資料と判断される。
東亞共榮圏の民族問題
細川嘉六 著
1941(昭和16)年/季刊『東亞政治と東亞經済』掲載
2,500円  A5判(148×210ミリ)/45頁/二段組
細川嘉六(1888-1962)はジャーナリスト、政治学者。戦中の特高による代表的な言論弾圧である横浜事件に連座する。 戦後は日本共産党に属し、参議院議員となる。当論文は中央公論社発行の季刊『東亞政治と東亞經済』第1号特輯「東亞共榮圏の諸問題」(昭和16年7月、定価2円)に掲載されたもの。 蠟山政道・東畑精一・伊藤律・蜷川虎三らもこの特輯に名を連ねている。当時、著者は満鉄(南満洲鉄道株式会社)の嘱託であり、論文は著作集未収録。 対米英開戦直前で配給会社「日配」からの用紙割り当ての状況下だが、植民地問題を「ドレイの言葉」で綴っていない。

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